「装い」という言葉を辞書でひくと、「身なりを整えたり、身を飾ったりすること。また、その装束や装飾」という意味に加えて、「準備すること。用意。したく」とある。人は、TPOに応じて装っているのだとすれば、人の数だけ「装い」の個人史があり、ファッションにはきっと、思い出や記憶とリンクする、ごくパーソナルで断片的な物語が宿ることがあるのだ。「物を語る」ことで浮き上がる、そんな「物語」をさまざまな方の声を通して伝えていくこと、それが「装いの物語り」という連載のスタイルです。
(文・構成:山口達也 写真:服部恭平 キャスティング:和田典子)
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長髪をなびかせる服部恭平さんは、東京のファッションシーンのなかで無類の個性を放っている。国内外のランウェーやファッション誌で活躍するモデルであると同時に、写真家としての顔も持ち、誰のまねでもない独自の道を歩み続けているからだ。
「装いの物語り」の中軸をなす一連の写真もまた、彼による撮り下ろしである。今回のセルフポートレートの撮影は、いくつかのショーモデルの仕事とストリートスナップを撮影するために滞在していたパリ、レピュブリック広場で行われた。
「紹介したいのは、2013年に大阪から上京して少し経った頃に東京の古着屋で購入した、このヨウジヤマモトのニットです」
彼は、日本を代表するファッションデザイナーである山本耀司さんが手がける服を愛してやまないといつも口にしていた。自室のラック3本を埋め尽くすという100点以上の洋服の中から厳選されたのが、明るい4色づかいでカラーブロックされたハイネックモヘアニットだった。
「1990年秋冬コレクションで発表されたものですが、実は今回スペシャルな理由で選んだわけではなくて、単純にみんなが『似合っている』と褒めてくれて一番よく着ているから(笑)。もう何年間も着ているけど、おじいちゃんになってもずっと着ていたいと思う服の代表。古着だけでなくヨウジヤマモトを店頭で買うようになって、洋服を“手放す”のではなくずっと着るために選ぶということを知った。そういう意味では、自分の服装に対する考え方のターニングポイントになった一着ではありますね」
80年代から現在まで、記憶するほどヨウジヤマモトのコレクションに目を通してきた服部さんにとって、この90年秋冬コレクションは「とくに好きなシーズンのひとつ」なのだという。
「90年代のヨウジヤマモトには、ダンディズムや“男の粋”をすごく感じる。いわゆるスーツだけじゃなくて、男の嗜(たしな)み、男の遊びとして、カラフルな色を着るというのもそのひとつです。20代前半だった僕にとって自由で強い男性像があった。僕自身、そういう大人の男性に憧れがあります。特に90年代のヨウジヤマモトのコレクションには、大人になっても大切にしておきたいことが宿っていると思う。だから僕は、あの当時からずっとヨウジヤマモトの服の力を借りているんです」
違和感が自分の中に溜(た)まっていくことに我慢できなくなった
彼がはじめてファッションデザイナー・山本耀司さんの存在を知ったのは、大阪でWEBデザインを学ぶ専門学生だった19歳の頃だった。きっかけは、友人が履いていたレペットとヨウジヤマモトがコラボレーションしたバレエシューズ。ヨウジヤマモトというブランドの名前をはじめて知った日だったという。
「あの頃は、ブランドの背景や歴史を調べることを全くしていなくて。ただ、学校の図書館に服飾関連の本がたくさんある環境だったので、山本耀司さんのインタビューが収録された本から、過去のビジュアルが再編集された大型本、哲学者・鷲田清一さんの『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』まで夢中になって読みました。そこではじめて、ファッションの力や意味という、日常で着ている服以上の何かを意識し始めたんです。それからますますヨウジヤマモトに惹(ひ)かれていきましたね」
一方、ほとんど同時期に、ファッションの世界に向けられる情熱とは相反する感情が湧いてきた。「パソコンを触ることは好き。就職にも有利そう。それだけの理由で学校に通っていたので、もう既に自分の将来の行き先が決まっていることを悟ってしまった。それに気づいてから、だんだんと日常がつまらなくなってきたんです」
服部さんが口にする「つまらなくなる感覚」。それは、「自分のなかに塵(ちり)が積もっていく。そんな違和感」だと表現しながら、幼少期から変わらない自分の資質について語り始めた。
「小学生の頃、かけっこは一番じゃなくちゃ嫌、背の順は一番後ろの方が良いと思う子だった。中学生になっても、劇をやるなら主役がいいし、生徒会長になりたい。そういう願望がわりと叶(かな)ってきたんですけど、高校に行くと自分より優れている人たちがたくさんいた。とにかく挫折を味わい、何ごとも思うようにいかない。遅刻ばっかりして、受験勉強にも身が入らず。すぐにでも高校を辞めて東京に行きたいと思っていた。そういうもどかしい塵が自分の中に溜まっていくことに我慢できなくなって、4年制の専門学校の2年目が終わる頃に上京することを決めました」
「たぶん、わがままなんです」と、笑いながら話を続ける。
「まあ、笑い話ですけど、退学と上京の決意が固まった最大のきっかけは、当時好きだった子が服飾学校に通っていたこと。モデルになって近い業界で頑張っていたら、振り向いてくれるんじゃないかと思ったからなんですけどね(笑)」
自分がやりたいようにやらないと、自分らしい生き方はできないと思う
「正直、ほとんど計画も戦略もなく上京したけど、東京に行くならまずは東京コレクションに出ることを目指そうと決めていました」
簡単な道ではなかったが、服部さんがモデルとして表舞台に立ったと思えた最初の仕事はミキオサカベのランウェーショーだったという。
「偶然、デザイナー本人を渋谷で見かけて、『ショーに出させてください』と直談判しました。当時、男の子にセーラー服を着せるような中性的なコレクションを発表していたブランドで、今まで見たことのない装いに、とにかく新しさを感じて興奮したし、自分の髪の毛も長かったし、合うんじゃないかと。そしたら、次のショーに出してもらえたんです。その時はさすがに終わった後、泣きましたね(笑)」
以来、東京のファッションシーンにおいてアイコニックなモデルとして活躍を続ける服部さんだが、今、彼のライフワークを語る上で欠かせないもうひとつの柱は、写真。撮り始めたのは、2015年ごろだったという。
「僕は、モデルをしているときも、写真を撮っているときも、自分らしさや、自分の存在が表に出ていないと物足りなさを感じるんです。みんなと一緒じゃつまらない。自分がやりたいようにやらないと、自分らしい生き方はできないと思っています」
被写体としての彼の周囲には、必然的に写真を撮る人たちがいた。彼らがシャッターを切る楽しそうな姿を見て、「自分も撮ってみよう」とカメラを持ち歩くようになったというが、その才覚はすぐに芽生えた。昨年は個展を開催し、写真家としての存在感を日に日に高めている。
「初めはライフワークとして続けていましたが、一昨年くらいから、写真が自分の表現のひとつになりうると気づきました。“自分を前に出す”という意味で、自分にぴったりなツールだと思い至ってからは、自分なりの写真表現を毎日考え続けています。モデルと写真。どちらも表現の純度を高めるために精いっぱいやっていきたいし、僕の武器。たしかに“物足りなさ”はあるけど、それはかつての“塵”とは違って、必死だから感じるものなんだと思います」
服部恭平
モデル、写真家。大阪府出身。2013年に上京し、モデルとしての活動をスタートし、東京コレクションやパリファッションウィークメンズなど数々のランウェーショーや国内外のファッション雑誌で活躍。その傍ら、プライベートなライフワークでもあった写真作品が注目を集め、2018年から、写真家として本格的に活動を開始。ストリートスナップメディアDroptokyo、モデルエージェンシーAMAZONEに所属している。
HP:http://kyoheihattori.com/
Instagram:@kyoheihattori
KYOHEI HATTORI 写真展「へたくそでいい写真」
服部恭平さんが、東京・渋谷のzakuraにて写真個展を開催します。本展は、彼のライフワークであるパーソナルな写真を集約し、写真展の枠組みにとらわれない自由な発想で、100点以上の作品が並びます。展示の雰囲気をそのまま一冊にしたような写真集やZINEも販売しますのでお楽しみに。
“写真はへたくそでもいいし、
へたくそだからいいときもある。”
会期:2020年6月8日(月)~14日(日)
営業時間:11:00~21:00 (14日 11:00~18:00)
会場:zakura(東京都渋谷区桜丘町14-5-103)
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PROFILE
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山口達也
ライター/エディター
大学在学時より東京を拠点に国内外のファッションデザイナーやクリエイター、アーティスト、ファッションウィークなどを取材・執筆。近年は『i-D Japan』『Them』『AXIS』など様々なメディアに寄稿。 -
服部恭平(写真)
写真家/モデル
2013年からファッションモデルとして活動し、数々のランウェイショーに出演。モデル活動の傍ら、プライベートなライフワークでもあった写真作品が注目を集め、近年は写真家としても活躍。
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April 07, 2020 at 09:56AM
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