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新型コロナ>緊急事態宣言 強い「副作用」認識したい 専修大教授・山田健太さん:社会(TOKYO Web) - 東京新聞

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 新型インフルエンザ等対策特別措置法(コロナ特措法)に基づく緊急事態宣言が発動された。

 いまはだれもが感染の終息を願い、日常の犠牲をやむを得ないと感じている。しかし規制の対象となる、外出は移動の自由、イベントは集会の自由、学校は学問の自由、図書館・博物館は表現の自由など、どれも私たち自身を成長させ、社会を豊かにするための基盤だったものばかりである。

 今回の宣言は、東日本大震災の東京電力福島第一原発事故の時に発令された、原子力災害対策特別措置法に基づく緊急事態宣言に次ぐものだ。同宣言はいまでも継続中で、警戒区域指定と相まって、立ち入り規制が実行されている。福島の特定地区では今でも、道を歩いているだけで警察から声掛けされ、身分証の提示を求められる。

 一方で違うこともある。原子力特措法では条件がそろうと自動的に宣言が発動されるのに対しコロナ特措法は、目の前の感染爆発・医療崩壊を抑えるためとする専門家の意見、さらに世論の大方の賛成の声をバックにした「政治判断」だ。社会全体が、権限集中と私権制限による「国難」突破を望んだ構図である。

 すでに東京は、学校が休みになり、イベントがなくなり、物流が部分的に途絶え、閑散とした風景が街中に広がっている。それが「法に基づいた要請・指示」によって、さらに強まることになる。感染症法など他の法律との組み合わせで、実質的な禁止措置が取られる催事や商売も少なくなかろう。

 しかも法規定が抽象的で曖昧なため、政府や自治体の判断の幅が広く、恣意(しい)的な法運用が可能だ。こうした「曖昧で強力な権限」を有する宣言は劇薬だからこそ、使う側は決定の理由と経緯を包み隠さず記録し説明し、透明性と公正な手続きを担保する義務がある。国は、憲法上の権利や自由を「一時的に預かった」だけであることを自覚することが条件だ。

 同時に、解除後の「規制慣れ」も豊かな社会の維持にとって大きな障害だ。少しくらい個人の自由がなくても、社会の平穏や安全が保たれるならいいではないか、という気持ちの一般化である。それは、平時における自由の制限を受け入れやすい素地をつくることになる。

 この曖昧さは、報道機関にも深い影を落としている。NHKは番組の差し替えを指示されるという解釈の余地が残ったままだからだ。放送機材や人員の政府への提供も、要請されれば断る選択肢はなかろう。そうした運用は「できない・しない」ことを、きちんと明らかにすることが必要だ。不透明なままでは、報道全体に大きな影響を与えかねない。

 私たち自身、戦後七十五年にわたって大切に守ってきた、憲法上の自由や権利をいったん手放すことになる。しかしこれは、極めて例外的で危険をはらむ措置であって、「副作用」が強いことを認識しておきたい。しばらくしてから、こんなはずではなかったと言っても、後戻りはできないことがたくさんある。

<やまだ・けんた> 専修大文学部ジャーナリズム学科教授。日本ペンクラブ専務理事。言論法が専門。「見張塔からずっと」「沖縄報道」など著書多数。

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