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吉川英治記念館、あすオープン 青梅市の施設として再出発 「新たなファン開拓したい」 - 東京新聞

吉川英治が暮らした母屋

吉川英治が暮らした母屋

 小説「宮本武蔵」などで知られる国民的作家吉川英治の資料を展示する「吉川英治記念館」が七日、青梅市の施設として再オープンする。市は記念館を観光の起爆剤にしたい考えだが、課題は来館層の高齢化。市文化課の担当者は「今後は漫画やゲームなどとのコラボを積極的に展開し、新たなファンを開拓したい」と話す。 (林朋実)

 記念館は、公益財団法人吉川英治国民文化振興会(文京区)が青梅市内の自宅跡で一九七七年に開設した。長年ファンに親しまれてきたが、来館者の減少で昨年三月にいったん閉館。財団が庭園を含む約五千平方メートルの土地や建物、約一万千四百点の資料を丸ごと市に寄贈し、指定管理者のフクシ・エンタープライズ(江東区)の運営で再出発することとなった。五日に周辺住民や報道機関向けの内覧会が開かれた。

 七日は吉川が没した「英治忌」で、再オープンを祝って白梅二本を植樹する。以前は敷地内に約百本のウメがあったが、プラムポックスウイルス(ウメ輪紋ウイルス)の感染被害ですべて伐採された。今後もウメを増やし、かつての姿に近づけるという。

青梅で撮影された吉川の写真などが並ぶ展示室

青梅で撮影された吉川の写真などが並ぶ展示室

 敷地内には、収蔵品を公開する展示室のほか、吉川が生活や執筆をしていた木造二階建ての母屋もある。以前はイベント時のみ母屋を公開していたが、再オープン後は常時、一階部分に上がって見られるようにする。大作「新・平家物語」が生み出された書斎で机に向かい、作家気分を味わうこともできる。

 吉川は自然豊かな農村で子どもを育てるため、三九年に吉野村柚木(現青梅市柚木町)の養蚕農家の屋敷を購入。戦火の迫った四四年に港区から引っ越し、五三年まで過ごした。生涯約三十回の転居をした中で、最も長く暮らしたのが青梅。吉野村公民館の建設費用を寄付するなど、地元住民に「地域の大恩人」と親しまれていた。開館記念展「吉川英治が愛した青梅」(十二月二十七日まで)には、吉川が吉野村から離れる際に住民ら三百人が集まって開かれたお別れ会の写真や「新・平家物語」の自筆原稿など、吉川の足跡や青梅との関わりを示す資料約百点が並ぶ。

 月曜休館。入館料は大人五百円、中学生以下二百円。問い合わせは同館=電0428(74)9477=へ。

<吉川英治> 1892〜1962年。現在の横浜市生まれ。小学校中退後、工員などさまざまな職を経て作家活動に入る。代表作に「鳴門秘帖」「三国志」「私本太平記」「新・水滸伝」など。53年に菊池寛賞、60年に文化勲章を受章。青梅市名誉市民。

吉川が「新・平家物語」を執筆した書斎=いずれも青梅市で

吉川が「新・平家物語」を執筆した書斎=いずれも青梅市で


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